群青の小平~校長日誌~
深い思いと情熱 ~工房「いちい窯」・窯業科研修~
本日は、ここ小平町鬼鹿地区で陶芸工房「いちい窯」を営まれている陶芸家の村井様、堀様をお訪ねし、本校窯業科の教職員による研修会を行いました。
工房「いちい窯」では、地元・小平町の自然素材を使った独創的な陶芸作品を制作されています。本校窯業科の作業においても、新しい製品づくりのヒントや、これからの作業につながるたくさんの助言をいただくことができました。
村井先生からは、地元の素材を使った土(粘土)づくりや釉薬づくりなどについて、詳しく教えていただきました。また、「いちい窯」のオリジナル作品であり、小平町特産のホタテ殻を使った「帆立焼」についても、興味深いお話を伺うことができました。
その中で、村井先生からお聞きした言葉に、「陶芸は焼き、そして焼きは風景」という言葉がありました。
まさしくその言葉のとおり、「帆立焼」は、ホタテの殻を粘土に練り込むのでも、釉薬にするのでもなく、「焼き」の工夫によって黄金色の輝きを生み出す陶芸作品でした。
ホタテ殻がつくる黄金色の輝きと、素朴な土(粘土)の色とのコントラストが、なんともいえない「風景」を創り出し、陶芸作品にいのちを吹き込んでいました。
村井先生も試行錯誤を重ね、7年もの年月をかけて、その焼き方を確立されたそうです。
7年……。
ひとつの作品、ひとつの技法を生み出すために費やされた、その長い年月に、ものづくりに対する村井先生の深い思いと情熱を感じました。
今回の研修を通して、私が改めて感じたのは、「ものづくり」とは、単に「もの」をつくることではない、ということです。
地域にある素材を知り、その素材の可能性を見つけ、試行錯誤を重ねながら、新しい価値を生み出していく。
そこには、地域を知ること、人とつながること、そして、あきらめずに挑戦し続けることの大切さがあります。
生徒たちがつくる作品にも、地域の素材や文化、そして、生徒たち自身の工夫や思いが込められ、誰かに「これ、いいね」と感じてもらえるような価値が生まれていく。
そんな「ものづくり」を、これからも大切にしていきたいと感じました。
村井先生、堀先生、本日は大変貴重な学びの機会をいただき、本当にありがとうございました。
平和を思う
本日は、小平町文化交流センターにおきまして、「小平町慰霊祭」が行われました。
先の第2次世界大戦で亡くなられた戦没者、また、開拓の礎を築かれた先人の御魂を慰霊する、この「小平町慰霊祭」。
「慰霊のことば」のほか、二度と戦争という悲劇、惨劇を繰り返さないという「誓いのことば」が述べられました。
ちょうど、終戦を迎えた1945年8月15日から7日後の8月22日。
学校前に広がる日本海、鬼鹿沖において、樺太から引き揚げてきた人々を乗せた3隻の船が、旧ソ連軍の潜水艦の攻撃を受ける事件がありました。
当時の記録によりますと、その攻撃によって、1,708名もの尊い命が失われたとあります。
目の前に広がる穏やかな青い海で、81年前にそんな惨劇があったとは、今では想像もつきません。
しかし、これは紛れもない事実なのです。
こうした戦争による悲劇、惨劇があったことを決して忘れず、二度と戦争を起こさないという誓いのもと、誰もが平和に、安心して暮らせる世界であることを、強く、強く願います。
そして、この穏やかな海が、これからもずっと、平和の海であり続けることを願います。
少しずつ、少しずつ・・でも着実に
本日は、曇りの小平。
過ごしやすい天候となっております。
お盆期間中は晴天の日が続き、連日の猛暑でしたので、今日はちょっと一息、といったところでしょうか。
北海道では、「お盆を過ぎると急に寒くなり、夏は終わる」とも言われていますが、温暖化が進む昨今、必ずしもそうとは言えないのかもしれません。
ただ、学校前の草地に目をやると、いつの間にか、そこには「すすき野原」が。
まだまだ夏の暑さは残っていますが、少しずつ、少しずつ、季節は着実に歩みを進めているのですね。
本校も、2学期の始業まで、あと1週間。
生徒のみなさんも、少しずつ、少しずつ、でも着実に。
来る2学期に向けて、心と体の準備を進めていってくださいね。
第67回北海道学校給食研究大会(留萌大会)
本日は、留萌市を会場に「第67回北海道学校給食研究大会」が開催されます。
私も大会運営に携わるため、このあと会場へ向かいます。
食べることは、まさに生きること。
学校給食は、子どもたちの健やかな成長を支え、いのちを輝かせる大切な営みです。
全道各校のすばらしい取組に触れ、多くのことを学ばせていただける機会になるものと、今から大変楽しみにしております。
全道各地からお集まりの学校給食関係者のみなさま、本日はどうぞよろしくお願いいたします。
毎年思うこと
毎年思うこと。
それが、大切なのだと思います。
今から81年前の今日、1945年8月6日午前8時15分。
米軍のB-29爆撃機から世界で初めて原子爆弾が広島市に投下され、一瞬にして多くの尊い命が失われました。
その日も、今日のようによく晴れた、暑い夏の日だったのでしょう。
その時、広島にいた人々は、何を見て、何を感じたのでしょう。
戦争は、決して起こしてはならないもの。
恒久の平和を願い、今年もまたこの日を迎え、そう思います。